一日の四分の三が会議だと、自分の仕事はどこへ行くのか

夜明け前の机に灯るデスクライトと、閉じたノートとマグカップを描いた水彩画 日記
この記事の要点を46秒にまとめた概要動画です(ナレーションは音声合成、映像は生成AIで作成)。

この一、二週間、ほとんど仕事のことしか考えていませんでした。

土日祝以外は毎日、六時から七時のあいだに会社に着きます。帰るのは十八時から十九時。起きている時間のうち、家にいる分より会社にいる分のほうが長い週が続いています。

不思議なもので、早く出たからといって仕事が早く終わるわけではありません。八時を過ぎて一日が本格的に動き出すと、そこから先は会議が並びます。多い日は、一日の四分の三がそれで埋まります。

会議の時間は、自分では決められない

会議が悪い、という話ではありません。人を集めて決めなければ進まないことは、たしかにあります。複数の部門にまたがる案件を動かしているときは、なおさらそうです。

ただ、会議の時間は自分では決められません。相手の予定に合わせて置かれるものだからです。一方で、自分が抱えている仕事は、自分の時間からしか出てきません。両者がぶつかれば、押し出されるのはいつも後者のほうです。

そうやって押し出された分を、朝の早い時間と、定時を過ぎたあとに片づける。気づいたら、それが当たり前の進め方になっていました。

自分の働き方を書き出してみたとき、「習慣化している」という言葉を使いました。書いたあとで、少し止まりました。習慣というのは、うまくいっている型に使う言葉のはずです。定時の外に仕事がはみ出す状態に、自分がその言葉を当てていた。

家族のために、という言い方

私は仕事を選ぶとき、家族を基準にしてきました。何度か職を変えていますが、そのたびに考えたのは「この働き方で家族と暮らせるか」でした。

その基準で選んだ仕事で、いま家族に時間を使えていない。ここがいちばん引っかかっています。

家族のために働いている、という言い方は便利です。長く働くことの理由にもなるし、うしろめたさの蓋にもなる。でも、蓋をしたところで中身は減りません。家に帰ってからの自分が、どれだけ家族のほうを向けていたか。思い返すと、あまり自信がありません。

上から期待をかけてもらっているのは分かります。任される範囲が広がっているのも、ありがたいことだと思っています。だから今のところは、それでも頑張るほうを選んでいる。この選択自体を、間違いだとは思っていません。

ただ、選んでいるという自覚はなくしたくない。流されてこうなったのか、自分で決めてこうしているのか。同じ十二時間でも、その二つはまるで別物です。

とりあえずやってみること

解決策は、まだありません。会議を減らす権限が全部こちらにあるわけでもない。

それでも今週、ひとつだけやってみようと思っています。一週間分の会議を紙に書き出して、自分が決める側ではない会議に印をつける。出席しなくても回るものが一つでも見つかれば、そこから空く時間があります。

見つからなければ、それはそれで分かったことになります。全部必要だったのなら、話は会議ではなく人の配置のほうに移る。どちらに転んでも、次に考える場所がひとつ決まります。

同じような週を過ごしている方がいたら、書き出すところだけでも一緒にどうでしょうか。減らせるかどうかは、そのあとの話です。

この記事のアイキャッチ画像は生成AIで作成しています。実在の人物・商品・ロゴを描いたものではありません。ナレーションは音声合成です。

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