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十三日は仕事を終えてから、そのまま車を出しました。妻と子どもたちを乗せて、私の実家へ迎え火を焚きに行くためです。仕事着のまま出たので、着いた頃には日が落ちかけていました。
実家には祖母がひとりで住んでいます。ふだんは静かな家ですが、お盆の数日だけは親族が四人泊まりに来ていて、玄関に見慣れない靴が並んでいました。火を焚いて、少し話して、その日は帰りました。
翌日は海を渡って、もうひとつの実家へ
十四日は大分にある妻の実家へ向かいました。車を走らせてフェリーに乗せて、降りてまた車で走ります。子どもたちにとっては、この船に乗る時間がお盆の一部になっているようで、毎年ここだけは眠らずに起きています。
妻の実家も、住んでいるのは祖母がひとりです。そしてこちらも、お盆に合わせて親族が四人来ていました。同じ構図の家が、海をはさんで二つあることに、車を降りたところで気づきました。
手土産にはマスカットを持って行きました。和菓子屋で十三年、店長をしていた身としては、この時期に生菓子を持って行くという選択はまず出てきません。夏の生菓子は水分が多く、車に長く積んでいると表面が汗をかいて形が崩れます。保冷剤を入れたところで、持ち歩く時間が読めない日は自信を持って渡せません。売場にいた頃も、夏場は日持ちのするほうを勧めることが多かったです。
その基準で自分の荷物を選ぶと、夏はどうしても果物に寄ります。冷やせば喜ばれるし、冷やせなくても崩れない。人数が多い家では、切って出すだけで済むというのも大きいです。
二人とも、立ち上がるのに時間がかかっていた
今年いちばん引っかかったのは、そこではありませんでした。どちらの祖母も、もうすぐ九十になります。座っているところから立ち上がるのに、時間がかかるようになっていました。足が弱ってきているのが、見ていて分かります。
どちらの家も、人が集まることを前提に建てられています。部屋数も、台所の広さも、上がり框の高さも、そういう作りです。その家に、いまは一人が住んでいる。お盆の数日だけ、家が設計されたとおりの使われ方をして、また元に戻ります。
仕事柄、私は安全の話をよくします。現場の段差、足元の照明、無理な姿勢。危ないところを先に見つけて潰すのが仕事のはずなのに、実家の廊下と玄関については、これまで一度も同じ目で見たことがありませんでした。見ていれば気づいたはずのことが、たぶんいくつもあります。
十五日、夕方の送り火
十五日は再び私の実家へ行き、夕方に墓参りをして、送り火を焚きました。来たときと同じ場所で、同じように火をつけて、今度は見送るほうです。
迎え火と送り火は、やることがほとんど同じです。同じ場所で、同じ火を焚く。違うのは向きだけで、迎えるつもりで焚くか、送るつもりで焚くかという、こちらの気持ちの置き方しか変わりません。それでもこの二回があるから、間の数日が「お盆」という区切りになるのだと思っています。
今日は明日からの仕事に備えて、家で休みながら片付けをしています。三日間ほとんど運転していたので、体は正直に疲れています。ただ、走った距離のわりに何かをした感じはあまりありません。
覚えているのは、二つの玄関に靴が並んでいたことと、二人が立ち上がるまでの数秒です。次に帰るときは、火を焚く前に廊下と玄関を一周見て回ろうと思います。行けるうちに行っておく、というのが、帰りの車の中で考えたことでした。
夏の手土産に果物を選ぶ話をしたので、参考までに置いておきます。私が実際に持って行ったものと同じ品ではありませんが、贈答用の化粧箱に入ったものはこのあたりです。
この記事のアイキャッチ画像は生成AIで作成しています。実在の人物・商品・ロゴを描いたものではありません。ナレーションは音声合成です。


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